2017年8月26日土曜日

だから全てがつまんなくなるんじゃね?


 前に「テレビを殆ど観てない」って話を書いた記憶があるんだが

いつ頃からか、本当にテレビを見なくなった。

周囲でもこういう人は結構、多い。
 
 
 

 

昔はテレビっていうのは、真剣に見入っていなくても映像だけは

映っているもので、家庭内垂れ流しっていうと言葉は悪いけれど

ずっと電源オンってものだったように思う。

 

今は番組を選んで見るようになったということもあるが

一番の理由は「見たいと思うコンテンツがない」ってことだと思う。

 

同じタレントさんたちが局をたがえて、内輪で盛り上がっているだけ

なものを目にしたり、ネットニュースで既に既知なものを延々と

もったいつけて、まるで自局で取材したかのような「てい」で

報道しているのにはびっくりする。

 

演者側で何回かだけだが、テレビ出演をさせて頂いた時も

細かい指示が多すぎて、面食らったことがある。

 

1分で150字だったかな?

細かい部分は忘れたが、その分量で話してくれとか

その話もあらかじめ決められていて

「えー?このとおり言わないといけないの?」ってことだったので

かなりびっくりした。

 

ディレクターさんは「自分らは1分何文字に命を懸けている!」とか

熱く語ってくれたけど「いや、話すのは私だし!」って気持ちだったが

同じように感じていたと見える出演者のおやじと

ディレクターさんは大喧嘩になっていた。

 

あらかじめ「こういうストーリー」ということが制作側にあるのは

ある程度は仕方ないとは思う。

 

でも、あまりに「決まり」があり過ぎて、そこが自らの首を絞めて

ないかなぁって思ったりもするのだ。

 

テレビの世界はど素人だから、全然、わからないけれど

自分がいる世界の中でもこういうことは頻繁に起こる。

 

何て言うのか「予定調和」?

 

新しいことを極端に嫌うと言うのか

「エッジ立てて行きましょうよ!」

「いやー、企画は斬新なもので!」みたいなことを言われるから

 

そうなんだ!と素直に思って「じゃ、これは?」って言うと

 

「それはクライアントさんが・・・」

「いや~、営業が・・・」

 

「僕はすごくいいと思うんですよ!僕は!」って

エクスキューズを合いの手で入れながら

 

さも様々な他からの横やりが入っているような雰囲気を

醸し出され、結局、無難なものに落ち着かせようとされる。

 

どの時点でNGがかかるのかは、よくわからないが

どうも日本全国が「自主規制」ってもので

がんじがらめになっているように感じてしまう。

 

CM炎上とかで自粛っていうものが相次いでいるが

誰かが「気に入らない」ならば、一切がなかったものとする

風潮はおかしいと思うんだよね。

 

不倫報道なんかも最たるもので、議員さんは税金で動いている

権力者であるので、それは別だが、その他はそのご家庭の問題で

あり、第3者が「けしからん!」と言って、袋叩きにするのは

お門違いも甚だしいと思う。

 

世の中はプリズムで一色ではなく、同じ人物の中にも

良い所、そうではない所、色々で彩られるから

人間は奥深く、楽しいのに

 

「これは不謹慎!」というような魔女狩り的発想になるから

 

担当者は途中で「無難な線」で「とりあえず」感を出してくるし

「僕はいいと思うんですけど」という名の「自主規制」になる。

 

「自主規制」と「自主規制」のなれ合いの会議で新しいものを

作ろうというのが、そもそも無理なような気がしてくる。

 

「鳥居さん、いろいろ出たんですが、まあひとつここは

例年どおりでよろしく!」

 

今、ビジネスの場にいる人がPTAのおばちゃんになってきている。

PTAは基本的に「横並びの踏襲組織」だからね)

 

まあ、そんなことをグチグチ言っていても、埒が明かないから

私は石田純一さんを見習おうと思う。

 

どこかで目にしたが、彼の女性を誘って、OK!が出る確率が

500分の1なんだそうだ。

 

つまり500人に声をかけて、1人がOKならば、それで良し!って

ことだと理解した。

 

イタリア人の血が流れているのでは?と思う彼ほどの人物でも

500分の1なのかと思ったら、私の頑張りなんて、頑張りにもカウント

されないなぁって思ったのだ。

 

ってことで、頑張りが足りないのを認め、一歩ずつってところである。
 
 

 

 

 

 

 

0 件のコメント:

コメントを投稿